広島高等裁判所 昭和40年(う)390号 判決 1966年10月04日
主文
原判決を破棄する。
本件を山口地方裁判所下関支部に差し戻す。
理由
弁護人於保睦の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
所論は、原判決の量刑不当を主張するものである。
先ず、職権をもって調査するに、昭和四〇年四月五日付起訴状によれば、公訴事実として「被告人は昭和四〇年二月一九日午前一時三〇分頃下関市山手町下関林材倉庫横路上において、通行中のK(当五三年)を強姦しようとする意図をもって、同人の頭部を石塊様のもので二、三回殴打し、よって同人に対し約三週間の加療を要する頭部打撲竝に裂創の傷害を負わせたものである」と、その罪名罰条欄には「傷害、刑法第二〇四条」と記載しているところ、右公訴事実からみれば、検察官は明らかに強姦致傷の事実を訴因として公訴を提起したものと解するのが相当であり、(強姦の目的を達したか否かについては何らの記載はないが、これを記載することは強姦致傷の訴因として必ずしも必要ではない。)右罪名、罰条欄の記載からすれば、公訴事実として記載されている事実の内傷害の点についてのみ起訴した如き疑いを抱かしめる。
しかして、前記のとおり本件公訴事実の記載自体からは、強姦致傷の事実を訴因として起訴したものと解する以上、右罪名、罰条の記載は、これを誤ったものといわなければならない。
按ずるに、起訴状には公訴事実を記載することを要し、その公訴事実は犯罪構成要件に該当する具体的事実、すなわち訴因を明示してこれを記載しなければならないし、さらに適用すべき罰条を示して罪名を記載することが必要であることは、刑事訴訟法第二五六条の明定するところである。
しかして、裁判所の審判の対象竝びにその範囲は、公訴事実に記載された訴因に拘束されるものであり、該訴因に含まれない事実につき審判すれば、審判の請求を受けない事件について審判をしたこととなり、また、訴因に含まれた事実につき審判しなければ、審判の請求を受けた事件につき審判をしないこととなり、いずれも刑事訴訟法第三七八条第三号に該当し、違法であるといわなければならない。
本件についてこれをみるに、本件公訴事実は前記説示のとおり強姦致傷の事実を訴因として記載しているものと解するほかなく、してみれば、訴因制度を採用している現行刑事訴訟法のもとでは、その罪名、罰条欄に「傷害、刑法第二〇四条」と記載してあってもこれに捉われることなく、訴因となっている強姦致傷の事実について審判すべきものである。蓋し、起訴状に罪名、罰条の記載を命じているのは、公訴事実自体から訴因の明確を欠くがごとき場合に備え、訴因を判断する一資料に供する趣旨に出でたに過ぎないものと解するのが相当であり、従って罪名、罰条の記載を欠いても、起訴状の記載自体により訴因が明確になっていれば、被告人の防禦権の行使に不利益を来すおそれはなく、また公訴提起の手続が違法無効となるものではなく、いわば罪名、罰条の記載は副次的なものであると解するからである。(刑事訴訟法第二五六条第四項)
原判決は右訴因に対して「被告人は婦女を強姦しようと企て……通りかかったKを見かけるや、ひそかにこれを追い……石塊様のものをもって強打し、同女に対し約三週間の加療を要する頭部打撲竝びに裂創の傷害を負わせた」と犯罪事実を認定判示し、法令の適用欄には刑法第二〇四条を掲記している。
してみれば、原審は「被告人は婦女を強姦しようと企て……ひそかにこれを追い」云々と判示する罪となるべき事実欄前段の記載部分を、原判示傷害行為に至る単なる事情として判示したものとも解せられ、そうだとすれば原審は審判の請求を受けた事件につき審判をしない訴訟手続の法令違反があり、また、若し訴因として掲記してある強姦の犯意をもって原判示暴行を加えて同判示傷害を負わせた強姦致傷の事実を認定判示したものとすれば、起訴状記載の罪名、罰条に捉われることなく、その訂正を求めた上、刑法第一八一条を適用処断すべきであるにかかわらず、単に同法第二〇四条を適用したのは法令の適用を誤った違法があり、この誤は明らかに判決に影響を及ぼすものというべく、いずれにしても原判決は破棄を免れない。
よって、弁護人の論旨につき判断するまでもなく、原判決は刑事訴訟法第三七八条第三号か第三八〇条のいずれかに該当するので、同法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文前段により本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 福地寿三 田辺博介)